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#53 ゴールデンウィーク前半 2011/05/06

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今年は、受験生を抱えているので遠出しませんでした。最初の3日間にしたことは、成犬の訓練を毎朝河川敷で行い、子犬の面会で播州南警察犬訓練所を訪問、権現ダムPAでラーメンを食べて「たまご掛け醤油」を購入、雨どい2ヶ所の修理と1ケ所の掃除、米の精米、初めて作ったキノコの収穫など、近所でうろうろしていました。
キノコは、ヒラタケとエリンギで、キットを購入して作りました。一晩でカサが1〜2㎝大きくなります。立派に育ったものの、収穫方法や時期が分からず巨大化。結局、ヒラタケの軸はやや固いものとなりました。とりあえず、ヒラタケは焼肉で食し、エリンギは天ぷらと炊き込みご飯で頂きました。
エリンギのみずみずしさは、違う食材のようでした。今度は、エリンギを自分で工夫して栽培したいと考えています。まずはカブトムシのマットで。うまく行けばご報告します。

#52 両陛下、宮城の被災者お見舞い 2011/05/03

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ゴールデンウィークを前に明るいニュースが幾つか入りました。
27日、両陛下が、南三陸町と仙台市をお見舞いされました。29日、東北新幹線が大震災発生から50日目で全線が復旧しました。同じく29日、地球の裏側では、ゴールデン・ブライダル、ロイヤル・カップルが誕生。デジタル放送で、きれいな映像を見せていただきました。
暗いニュースばかりの中、ゴールデンウィークにふさわしいニュースばかりです。特に両陛下宮城入りは、菅首相や清水東電社長に比べ遅い訪問でした。しかし、多くの被災者の方々に「感激」と「復興への励み」を与えられました。9才の子どもは、「ずっと笑顔で、すごく優しいと思った。隣のおばあちゃんも泣いて喜んでいた」と。ある教諭は「生徒は全員無事でした」と答えると、皇后陛下が「お導きいただいてありがとう」と声をかけられたとか。
日本人は、こういう時天皇陛下です。ローマ法王ベネディクト16世、真言宗の松長大僧正、創価学会の池田名誉会長、お釈迦さま、阿弥陀如来、イエスキリストではダメです。日本人の根底には、太陽信仰、八百万の神、そして日本独自の神道が無意識の内にあります。神々と人間の間に天皇陛下が居られ、災害が起きたとき、御所(皇居)の奥で国民のために祈っておられます。もったいないことです。

#51 ジョセリーノ予言 2011/04/30

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東北地方太平洋沖地震は、このまま終息するのか、もう一度大きな地震があって終息するのか。誰にも分からない。ジョセリーノ予言では7月26日に東アジアで巨大地震とある。それが日本あるいは東北地方とは言っていないが、もう一度大きな地震があるかもしれない。それに備えて損はないと思う。過去の大災害のとき日本は同対処したのか。
明暦の大火。江戸城本丸が焼け落ちた。将軍補弼役保科は、江戸城におかゆと蝋燭を運び入れ、府内六ヶ所で炊き出しをし、天守閣を復興せず、町方の復旧を優先した。当時の江戸は軍事都市で、隅田川に橋がなく、人々は川岸で後ろから来た人に押され圧死していたと伝えられている。これを機に、川に橋を架け軍事都市から町民の町に転換した。その幕府が拠出した費用は16万両。老中の中には御金蔵が空になると反対したものもいると言う。
大正12年9月1日といえば関東大震災。首都東京は壊滅状態。時の参謀本部は、遷都を計画した。移転先の第一候補はソウル。軍部が大陸進出を目指した案。第二候補は加古川。加古川は、過去において大きな震災もなく、気候が温暖で、水の量、質ともに問題なしと言うもの。これらがだめなら八王子というものだった。9月12日、「遷都せず」の勅書が出て計画は消えた。
加古川遷都は、平安の昔にも検討されている。『兵庫探検(歴史風土)』(神戸新聞社)によると「・・・福原に居着いたものの、新都としては規模が小さい・・・・清盛は、一度は代替地を探そうとした。摂津国の昆陽野(こやの)、播磨国印南野(いなみの)あたりを候補地とし、・・・。」昔は、御所、公家の屋敷も建物ごと移転しますので福原では狭すぎたのです。遷都の様子は、2010.4.20の連れ連れ草 「節約する」と「始末する」をご覧ください。

#50 大予言 2011/04/25

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週末、今年録画した番組を整理していました。1月23日の「たかじんのそこまで言って委員会」。毎年1月は今年どうなるか、いろんなパネラーが予言をし、レギュラーに信じるか否かを問います。昨年は、辛坊治郎アナが、150歳以上の老人が増えると予言し、大的中でした。今年はどうか。すでに的中したことがあります。
レギュラーの三宅先生が選んだのが、ジョセリーノ予言の東アジアに大地震が起きると言うものです。その時、三宅先生は「否定はできない」という意味で選ばれたものと思います。また他のレギュラーもすぐに地震が起こるとは誰も思っていなかったでしょう。2ヵ月後に的中するとは。
東日本では、今も余震が続いています。このまま終息するとする人もいますが、もう一度M7クラスが来て終息すると言う人もいます。ジョセリーノ予言はどうなっているのでしょうか。
ジョセリーノ予言は、2011.7.26東アジアで大地震が起こり、多くの死傷者が出るとしています。とすると最後にもう一度大きな地震があるのか。とすれば、個人も、企業も、政府も早急に災害に備える必要があります。特に、企業と政府は、複数の異なる地域に、生産、販売、本社機能、政治の拠点を持つべきです。

#49 いま、私にできること 2011/04/05

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4月1日、JRのみどりの窓口は長蛇の列でした。今日は大学の入学式。定期券を求める学生で駅はいっぱい。自分の通勤定期は来週購入することにしました。早々家に帰りテレビを見ると、東北地方では、震災の影響で企業の内定取消や、自宅待機のニュースが流れていました。春を迎えた若者のいる反面、春が遠のいた若者もいます。
震災に対し、天皇陛下は「国民と困難を分かち合いたい」という趣旨で、3月15日より自主停電を続けられているそうです。自主停電は計画停電の「第1グループ」に分類された地域に合わせ、1回約2時間ブレーカーを落とされているそうです。朝晩2回あった日もあるそうで、時には暗い中で夕食を取られたと報道されています。
震災の影響は関西でも出てきました。震災直後に単1電池がなくなり、最近ではタバコのマイルドセブンやセブンスターが品切れ。大手小売店では、看板の照明を切っています。JRでは、一部の連結車両を減らす、あるいは間引の計画をしています。兵庫県では、第3陣の県市町の職員からなるボランティアが出発したそうです。明石の駅前では学生が義援金集めのボランティアをしています。
しかし、この度の震災では避難所の運営を助ける民間のボランティアの報道があまりありません。過去の震災と様変わりしています。避難所の運営を助ける民間のボランティアは、被災者より過酷な生活を強いられます。時にはイライラの積もった被災者と衝突し、ボランティアが出来なくなり引き上げたという話を聞いたこともあります。十分な知識と覚悟なく、気持ちだけで行くと後味の悪いものになったり、時には命を落としたりします。
私は、避難所へボランティアに行く自信がありません。何も出来ることがありません。部屋の蛍光灯を1段暗くしたり、こまめに消したりするぐらいです。もちろん被災地に何の影響もありませんが、気持ちだけ困難を分かち合っています。