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#51 ジョセリーノ予言 2011/04/30

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東北地方太平洋沖地震は、このまま終息するのか、もう一度大きな地震があって終息するのか。誰にも分からない。ジョセリーノ予言では7月26日に東アジアで巨大地震とある。それが日本あるいは東北地方とは言っていないが、もう一度大きな地震があるかもしれない。それに備えて損はないと思う。過去の大災害のとき日本は同対処したのか。
明暦の大火。江戸城本丸が焼け落ちた。将軍補弼役保科は、江戸城におかゆと蝋燭を運び入れ、府内六ヶ所で炊き出しをし、天守閣を復興せず、町方の復旧を優先した。当時の江戸は軍事都市で、隅田川に橋がなく、人々は川岸で後ろから来た人に押され圧死していたと伝えられている。これを機に、川に橋を架け軍事都市から町民の町に転換した。その幕府が拠出した費用は16万両。老中の中には御金蔵が空になると反対したものもいると言う。
大正12年9月1日といえば関東大震災。首都東京は壊滅状態。時の参謀本部は、遷都を計画した。移転先の第一候補はソウル。軍部が大陸進出を目指した案。第二候補は加古川。加古川は、過去において大きな震災もなく、気候が温暖で、水の量、質ともに問題なしと言うもの。これらがだめなら八王子というものだった。9月12日、「遷都せず」の勅書が出て計画は消えた。
加古川遷都は、平安の昔にも検討されている。『兵庫探検(歴史風土)』(神戸新聞社)によると「・・・福原に居着いたものの、新都としては規模が小さい・・・・清盛は、一度は代替地を探そうとした。摂津国の昆陽野(こやの)、播磨国印南野(いなみの)あたりを候補地とし、・・・。」昔は、御所、公家の屋敷も建物ごと移転しますので福原では狭すぎたのです。遷都の様子は、2010.4.20の連れ連れ草 「節約する」と「始末する」をご覧ください。

#50 大予言 2011/04/25

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週末、今年録画した番組を整理していました。1月23日の「たかじんのそこまで言って委員会」。毎年1月は今年どうなるか、いろんなパネラーが予言をし、レギュラーに信じるか否かを問います。昨年は、辛坊治郎アナが、150歳以上の老人が増えると予言し、大的中でした。今年はどうか。すでに的中したことがあります。
レギュラーの三宅先生が選んだのが、ジョセリーノ予言の東アジアに大地震が起きると言うものです。その時、三宅先生は「否定はできない」という意味で選ばれたものと思います。また他のレギュラーもすぐに地震が起こるとは誰も思っていなかったでしょう。2ヵ月後に的中するとは。
東日本では、今も余震が続いています。このまま終息するとする人もいますが、もう一度M7クラスが来て終息すると言う人もいます。ジョセリーノ予言はどうなっているのでしょうか。
ジョセリーノ予言は、2011.7.26東アジアで大地震が起こり、多くの死傷者が出るとしています。とすると最後にもう一度大きな地震があるのか。とすれば、個人も、企業も、政府も早急に災害に備える必要があります。特に、企業と政府は、複数の異なる地域に、生産、販売、本社機能、政治の拠点を持つべきです。

#49 いま、私にできること 2011/04/05

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4月1日、JRのみどりの窓口は長蛇の列でした。今日は大学の入学式。定期券を求める学生で駅はいっぱい。自分の通勤定期は来週購入することにしました。早々家に帰りテレビを見ると、東北地方では、震災の影響で企業の内定取消や、自宅待機のニュースが流れていました。春を迎えた若者のいる反面、春が遠のいた若者もいます。
震災に対し、天皇陛下は「国民と困難を分かち合いたい」という趣旨で、3月15日より自主停電を続けられているそうです。自主停電は計画停電の「第1グループ」に分類された地域に合わせ、1回約2時間ブレーカーを落とされているそうです。朝晩2回あった日もあるそうで、時には暗い中で夕食を取られたと報道されています。
震災の影響は関西でも出てきました。震災直後に単1電池がなくなり、最近ではタバコのマイルドセブンやセブンスターが品切れ。大手小売店では、看板の照明を切っています。JRでは、一部の連結車両を減らす、あるいは間引の計画をしています。兵庫県では、第3陣の県市町の職員からなるボランティアが出発したそうです。明石の駅前では学生が義援金集めのボランティアをしています。
しかし、この度の震災では避難所の運営を助ける民間のボランティアの報道があまりありません。過去の震災と様変わりしています。避難所の運営を助ける民間のボランティアは、被災者より過酷な生活を強いられます。時にはイライラの積もった被災者と衝突し、ボランティアが出来なくなり引き上げたという話を聞いたこともあります。十分な知識と覚悟なく、気持ちだけで行くと後味の悪いものになったり、時には命を落としたりします。
私は、避難所へボランティアに行く自信がありません。何も出来ることがありません。部屋の蛍光灯を1段暗くしたり、こまめに消したりするぐらいです。もちろん被災地に何の影響もありませんが、気持ちだけ困難を分かち合っています。

#48 震災から2週間 2011/03/29

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ようやく被災地へ救援物資、医師団、ボランティアの方々が入れるようになったようです。被災地では、被災者が自治組織を結成し復興に向けて活動されています。テレビカメラが向けられても、代表する方が冷静に受け答えされています。外国なら、たくさんの人が集まって、いっせいに、われ先に惨状を訴えるところですが。外国人には、日本人が誠実で規律正しい民族に映ったようです。もちろん火事場泥棒がなかったと言うわけではないですが。
日本への評価は、「自国の世界への影響力」の世論調査(BBC)で2006年から3年間、「良い影響力」第1位でした。2010年は第2位ですが。この調査で、普通は自国を良いと答えます。例えば2010年の場合、自国を「良い影響力」と評価したのは、ブラジル人84%、中国人81%です。ところが日本人は43%と異常に低い数値です。日本人が日本の評価を下げています。

#47 お見舞い申し上げます 2011/03/14

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3月11日夕方。グループ内の不動産会社社長から地震の話を聞いた。日新リースにはテレビがないので、PCとポータブルナビで情報を確認。兵庫県でも、淡路島南部に大津波警報、瀬戸内側は津波警報が出ていた。帰宅後、深夜までテレビを見てしまった。東京の帰宅難民、家や車が津波に運ばれている映像が流されていた。自衛隊の松島基地には連絡がつかないとのニュースも流れていた。翌日、日本海側にも津波注意報が、そして午後3時半過ぎ、福島第一原発が爆発した。いったいどのぐらいの被害となるか想像ができない。生き残った方も、その精神的ダメージは計り知れない、何年もダメージを引っ張ったりするだろう。
我が家の災害時の備えを考えてみた。まず我が家はオール電化。暖も取れなく、調理も出来ない。発電機が必要。カセットガス式の発電機を購入する必要がある。次に避難勧告が出たら何を持って逃げるか。家族全員と犬、通帳と印鑑、運転免許、薬、寝袋、飲料水、食べ物、携帯電話と充電器。どこに避難するか。指定される避難場所は小学校か公民館。小学校まで徒歩3分。しかし、そこが安全かと言えば危険としか思えない。小学校の隣は川だから。むしろ反対の山側に逃げるべきだろう。まずは公民館へ。
今一度、地方自治体は避難場所、救助方法等を真剣に再検討すべきではないかと思う。加古川河川敷には緊急用道路があるが、地震や洪水になったときは利用できないだろう。
最後に、義援金をします。